無理難題から逃げずに
自分の限界を広げる
映画『ラストエンペラー』への出演依頼が来たのは『戦場のメリークリスマス』の3年後、1986年です。撮影現場には名だたるプロばかり。僕はたくさんのダメ出しをされながら何とかついていく。北京、大連、長春と撮影が続く中で、ベルナルド・ベルトルッチ監督は、溥儀(ふぎ)が満州皇帝として即位する場面に生の音楽を入れたいから「戴冠(たいかん)式の音楽を、すぐに作れ」と僕に言うのです。
それまで役者として参加していたのに本当にいきなりで、しかも僕は中国の音楽をほとんど聴いたことがない。せめてピアノが欲しいと頼んで旧満州映画協会から借りました。ここでも引き下がりたくなかったのです。
撮影が済んでから半年、今度は『ラストエンペラー』の音楽を作れ、とまた急な依頼が飛び込んできました。制作期間はなんと1週間だという。何とか頼み込んで2週間にしてもらったものの、むちゃもいいところです。ただそれを押してでもやりたいと思わせる才能あふれる監督だったのですね。普通、人間は自分で自分に無理難題を出すことはない。「我に七難八苦を与えたまえ」なんて思う人はほとんどいない。けれど他人はやるんです。映画監督はとくに常軌を逸してるけど、でもそういう人と仕事をすることが自分の限界を広げる重要な機会になってくる。幸運なことに思いもつかない仕事をやれと言われたら、まず自分をそこに投げ込むことです。