Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow. (by Penny Wong.)
さらにこちらでは
「チャンスを逃した」と「完全にやらかした」の間には違いがある。ヤフーがFlickrのソーシャル性を見逃したのは、まだチャンスを逃したと言っていいだろう。ヤフーが、本当に完全にやらかしたのは、Flickrのアプリを出す段階になってからだ。刃先の鈍いナイフでゆっくりと殺していくように、Flickrはこうして少しずつ痛めつけられていったのだ。
Flickrには、もともとガッチリしたモバイル用ウェブサイトがあった。2006年のことだ。iPhoneなんかよりも前の話である。どんなしょぼい携帯電話でも使うことができたたくましいモバイルサイトがあったのだ。とどのつまりは、ただのブラウザで、写真をアップするためにはEメールしなくてはいけなかったんのだが。しかし、それでもモバイルサイトが早い段階から存在していたのだ。
2008年、iPhoneそしてApp Storeの登場により世の中は大きく変わることになる。人々は、写真を撮る/編集する/アップする/共有する/見る、この全てを1つのアプリケーションでやりたくなったのだ。それぞれの過程を別々のアプリで行うなんてナンセンス。Flickrチームも、もちろんこの流れをきちんと理解していた。が、残念ながら理解していながらも、何もしようとはしなかったのだ。
「Flickrには、iOSのアプリを作る権限がなかったんです。iOSに限らずあらゆるモバイルアプリを作るための承認がなかったのです。」そう語るのは、Flickrの元役員。
Flickrアプリにまつわる全ては1人の人物によって痛い目を見ることとなる。ヤフーモバイルのリーダーであるマルコ・ボーリーズ氏(Marco Boerries)である。Flickrアプリの決断は細部まで全てトップ=ボーリーズ氏の承認が必要だったのだ。
当時のボーリーズ氏はえらく気取った「Connected Life」なんていうヴィジョンを掲げていた。ヤフーのサービス全て、手の中で使えるシームレスなソーシャルモバイル体験、そしてそれをデスクトップでも味わえることができるというヴィジョンを謳っていたのだ。今でいうところの、アップルやグーグル、マイクロソフトのクラウド戦略なようなものとでも言おうか。
ボーリーズ氏は熱狂的な変わり者だった。言わば、変人だったのだ。16歳でStarWriterというワード系プログラムを作り、StarOfficeを企業し、さらには1999年に7400万ドルで売り抜いたのだから、確かにすごい人物ではあった。2004年頃には、人々を驚かすデモやプレゼンをシリコンバレーのあちこちで行っていた人物である。
投資家でいっぱいの会議室に入り携帯電話で写真をとる。携帯電話はポケットにしまい、今度はラップトップ/デスクトップでアプリを立ち上げさっき携帯で撮った写真を見せる。投資家は面食らう。そこで、同じことが写真だけでなくメールやアドレス帳や音楽でもできると説明してみせる。モバイル端末/ラップトップ/デスクトップをシームレスに使うことができると説くわけだ。実に、今で言うiCloudである。
ヤフーが、ボーリーズ氏の会社を1600万ドルほどで買収したのは2005年のこと、Flickr買収の1ヶ月前であった。
ボーリーズ氏は確かに天才だった。が、共に働くには悪夢のような相手でもあった。Flickrの元アーキテクト担当でEtsyのCTOキーラン・エリオット・マクリー氏(Kellan Elliott-McCrea)は、ボーリーズ氏に関してこんなことを言っている。
「マルコ・ボーリーズは、間違いなくヤフーで最も嫌われていた役員の1人だ。「Connected Life」のチームは4年間も彼の支配に耐えねばならず、ヤフーのモバイル戦略も全て指揮を奪われた。Flickr内部にあったモバイル用のアイディアやチャレンジは、ことごとくめちゃくちゃに打ちのめされたのだ。」
ヤフーモバイルチームのアプリ参入は呆れるほど遅かった。iTunesのApp Storeが2008年7月にオープンしたのに、それから1年近い間Flickrの公式アプリをリリースはなかったのだ。2009年の9月、ついに公式アプリがリリース。がしかし、それに対するユーザーの反応は芳しくなかった。当時のApp Storeでのレビューはこうだ。
「機能少なすぎて使えない。」
「遅い。使えば使うほど遅くなる気がする。」
「楽しみにしてたのにがっかり。かなりがっかり。」
「遅い、バグだらけ、ナビゲーションひどい。」
「何もかもがヒクほど遅い。」問題は数多くあったが、なかでも1度に複数枚アップロードできなかったのは致命的だった。1枚1枚いちいちあげなくてはいけない。さらに、画像を450x600にサイズダウンするので、クオリティが失われた。アプリ内ではなくsafari経由でログインしなくてはいけないダメ仕様。Flickrコアファンに人気だったEXIFデータは全て失われる。とにかくダメダメだったのだ。
ユーザーはこのアプリを嫌った。
中にはこんな辛辣なレビューも。
「今まで使ったFlickrに写真をアップするアプリでこれは史上最悪。これならEメールして写真あげてた方がまだよかったわ。」さらにFlickrの鍵とも言える2つの機能である写真共有と写真ストレージの役割すらもままならなくなった。
考えられる最低最悪の仕様を詰め込んだのが、このアプリだった。アプリ経由でログインできない。他サービス(FoursquareやTwitter、Facebookやinstagram)がアプリからウェブサービスへとユーザーを巻き込んで行くのに対して、Flickrアプリは何も巻き込めない。新たなユーザーを獲得することのできない、ただの既存ユーザーのためだけのツールだったのだ。
「これは大きなミスでしたね。」そう話すのはフェイク氏。大きなミス、そう、このアプリは全ての大失敗の母とも言える巨大な過ちだったのだ。
一方で、他のカメラアプリはただ写真を撮るだけでなく編集までをこなす。モバイル端末で撮影した写真にフィルターを施す等、新しい楽しみ方を提案していったのだ。FlickrアプリがApp Storeに登場してから1年後のこと、Flickrのさらに先を行くカメラアプリがでてくることになる。Instagramの登場だ。
現在では、すでに時遅し。Flickrで最も使われているカメラはiPhoneのカメラだというが、そもそもFlickrのアプリなんてiTunesの無料カメラアプリのトップ50にすら入っていないのだ。64位、Instagramのパチもんよりも下なのだ。
「チャンスを逃した」と「完全にやらかした」の間には違いがある。ヤフーがFlickrのソーシャル性を見逃したのは、まだチャンスを逃したと言っていいだろう。ヤフーが、本当に完全にやらかしたのは、Flickrのアプリを出す段階になってからだ。刃先の鈍いナイフでゆっくりと殺していくように、Flickrはこうして少しずつ痛めつけられていったのだ。
Flickrには、もともとガッチリしたモバイル用ウェブサイトがあった。2006年のことだ。iPhoneなんかよりも前の話である。どんなしょぼい携帯電話でも使うことができたたくましいモバイルサイトがあったのだ。とどのつまりは、ただのブラウザで、写真をアップするためにはEメールしなくてはいけなかったんのだが。しかし、それでもモバイルサイトが早い段階から存在していたのだ。
2008年、iPhoneそしてApp Storeの登場により世の中は大きく変わることになる。人々は、写真を撮る/編集する/アップする/共有する/見る、この全てを1つのアプリケーションでやりたくなったのだ。それぞれの過程を別々のアプリで行うなんてナンセンス。Flickrチームも、もちろんこの流れをきちんと理解していた。が、残念ながら理解していながらも、何もしようとはしなかったのだ。
「Flickrには、iOSのアプリを作る権限がなかったんです。iOSに限らずあらゆるモバイルアプリを作るための承認がなかったのです。」そう語るのは、Flickrの元役員。
Flickrアプリにまつわる全ては1人の人物によって痛い目を見ることとなる。ヤフーモバイルのリーダーであるマルコ・ボーリーズ氏(Marco Boerries)である。Flickrアプリの決断は細部まで全てトップ=ボーリーズ氏の承認が必要だったのだ。
当時のボーリーズ氏はえらく気取った「Connected Life」なんていうヴィジョンを掲げていた。ヤフーのサービス全て、手の中で使えるシームレスなソーシャルモバイル体験、そしてそれをデスクトップでも味わえることができるというヴィジョンを謳っていたのだ。今でいうところの、アップルやグーグル、マイクロソフトのクラウド戦略なようなものとでも言おうか。
ボーリーズ氏は熱狂的な変わり者だった。言わば、変人だったのだ。16歳でStarWriterというワード系プログラムを作り、StarOfficeを企業し、さらには1999年に7400万ドルで売り抜いたのだから、確かにすごい人物ではあった。2004年頃には、人々を驚かすデモやプレゼンをシリコンバレーのあちこちで行っていた人物である。
投資家でいっぱいの会議室に入り携帯電話で写真をとる。携帯電話はポケットにしまい、今度はラップトップ/デスクトップでアプリを立ち上げさっき携帯で撮った写真を見せる。投資家は面食らう。そこで、同じことが写真だけでなくメールやアドレス帳や音楽でもできると説明してみせる。モバイル端末/ラップトップ/デスクトップをシームレスに使うことができると説くわけだ。実に、今で言うiCloudである。
ヤフーが、ボーリーズ氏の会社を1600万ドルほどで買収したのは2005年のこと、Flickr買収の1ヶ月前であった。
ボーリーズ氏は確かに天才だった。が、共に働くには悪夢のような相手でもあった。Flickrの元アーキテクト担当でEtsyのCTOキーラン・エリオット・マクリー氏(Kellan Elliott-McCrea)は、ボーリーズ氏に関してこんなことを言っている。
「マルコ・ボーリーズは、間違いなくヤフーで最も嫌われていた役員の1人だ。「Connected Life」のチームは4年間も彼の支配に耐えねばならず、ヤフーのモバイル戦略も全て指揮を奪われた。Flickr内部にあったモバイル用のアイディアやチャレンジは、ことごとくめちゃくちゃに打ちのめされたのだ。」
ヤフーモバイルチームのアプリ参入は呆れるほど遅かった。iTunesのApp Storeが2008年7月にオープンしたのに、それから1年近い間Flickrの公式アプリをリリースはなかったのだ。2009年の9月、ついに公式アプリがリリース。がしかし、それに対するユーザーの反応は芳しくなかった。当時のApp Storeでのレビューはこうだ。
「機能少なすぎて使えない。」
「遅い。使えば使うほど遅くなる気がする。」
「楽しみにしてたのにがっかり。かなりがっかり。」
「遅い、バグだらけ、ナビゲーションひどい。」
「何もかもがヒクほど遅い。」問題は数多くあったが、なかでも1度に複数枚アップロードできなかったのは致命的だった。1枚1枚いちいちあげなくてはいけない。さらに、画像を450x600にサイズダウンするので、クオリティが失われた。アプリ内ではなくsafari経由でログインしなくてはいけないダメ仕様。Flickrコアファンに人気だったEXIFデータは全て失われる。とにかくダメダメだったのだ。
ユーザーはこのアプリを嫌った。
中にはこんな辛辣なレビューも。
「今まで使ったFlickrに写真をアップするアプリでこれは史上最悪。これならEメールして写真あげてた方がまだよかったわ。」さらにFlickrの鍵とも言える2つの機能である写真共有と写真ストレージの役割すらもままならなくなった。
考えられる最低最悪の仕様を詰め込んだのが、このアプリだった。アプリ経由でログインできない。他サービス(FoursquareやTwitter、Facebookやinstagram)がアプリからウェブサービスへとユーザーを巻き込んで行くのに対して、Flickrアプリは何も巻き込めない。新たなユーザーを獲得することのできない、ただの既存ユーザーのためだけのツールだったのだ。
「これは大きなミスでしたね。」そう話すのはフェイク氏。大きなミス、そう、このアプリは全ての大失敗の母とも言える巨大な過ちだったのだ。
一方で、他のカメラアプリはただ写真を撮るだけでなく編集までをこなす。モバイル端末で撮影した写真にフィルターを施す等、新しい楽しみ方を提案していったのだ。FlickrアプリがApp Storeに登場してから1年後のこと、Flickrのさらに先を行くカメラアプリがでてくることになる。Instagramの登場だ。
現在では、すでに時遅し。Flickrで最も使われているカメラはiPhoneのカメラだというが、そもそもFlickrのアプリなんてiTunesの無料カメラアプリのトップ50にすら入っていないのだ。64位、Instagramのパチもんよりも下なのだ。
